• 感染症/日本 (2019〜)

新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めた知的障害者施設の奮闘

北見赤十字病院 荒川穣二氏 院長

「もう胸がつぶれる思いですよ。だって感染するかもしれないですもん」
知的障害、発達障害のある方が50名暮らす北海道遠軽町の障害者支援施設「向陽園」。2019年に発生し、世界中を混乱の渦に陥れた新型コロナウイルス感染症の影響は、この園にも及びました。園の施設長を務める工藤克哉氏は当時のある若い職員の決断を今も胸に刻んでいます。

施設職員の決断

入所者の発症を受けて行った最初のPCR検査で陽性が判明したのは入所者・職員合わせて5名。その中に園に常勤している看護師が含まれていました。「看護師が不在になったことで職員の不安はピークに達しました。自分たちも感染するかもしれない。でも、入所者の食事や排せつなどの生活支援は私たち職員がやらないといけない……。そんな時に若い職員が『僕がやります』と、隔離部屋を作って、入所者と一緒に生活始めたのです」
知的障害、発達障害のある方は一般病院への入院が難しいため、重症化していない陽性者は園内で看護する必要がありました。感染と隣り合わせの状況の中、奮闘を続けましたが最初の陽性者が出てから1週間が経過する頃には、職員だけで園内看護を続けるのは限界を迎えました。

活動の場に息づく赤十字の基本理念

事態を受けて動いたのは北見赤十字病院。院長の荒川穣二氏は「赤十字には『すべては被災者のために』というキーワードがありますが、向陽園での医療活動は自分たちがやるべき仕事と感じました」と当時を振り返ります。荒川氏に課されたミッションは施設を病院化し患者を守りながら感染拡大を防ぐというもの。
「向陽園の職員はモチベーションも高く、隔離などについて勉強もされていたので、この施設であれば封じ込めが可能だなと判断しました」
約1カ月にわたる活動期間中は医師・看護師が入所者一人一人に往診を行い、2人の看護師が 2泊3日の交代で常駐。発熱があれば即PCR検査を実施できる態勢を整えました。しかし、そのPCR検査も障害がある方にとっては苦痛を伴うもの。検査中に不意に暴れてしまう危険があったため、3人がかりで入所者の体を押さえ検査を行うなど独自の対策も必要となりました。

北見赤十字病院 荒川穣二氏 院長
北見赤十字病院 荒川穣二氏 院長
入所者の部屋を回って往診する日赤の医療チーム
入所者の部屋を回って往診する日赤の医療チーム

感染拡大を防いだ向陽園と日赤職員の信頼関係

園職員、日赤職員双方の献身的な看護の甲斐もあって、幸いにも重症化した患者は少なく、感染拡大を防ぐというミッションを無事果たすことができました。
工藤氏は今も赤十字への感謝の言葉を述べます。
「日赤には感謝しかありません。知識や技術的なことはもちろんですが、24時間看護師がいてくれる。それが、どれだけ精神的な支えになったことか」
対する荒川氏も「向陽園の方々は最初の 1週間をよく乗り切りました。感染症の知識も十分にあって、対策も工夫されていた。そして、入所者との信頼関係が厚かった」と園の職員の奮闘を讃えます。
向陽園職員と日赤職員。どちらが欠けても向陽園での感染封じ込めという難しい使命を達成することはできなかったでしょう。

向陽園 工藤克哉 施設長
向陽園 工藤克哉 施設長
向陽園に交代で泊まり込み、支援を続けた看護師たち
向陽園に交代で泊まり込み、支援を続けた看護師たち

赤十字万博2025 SNS